【共通テスト対策】フクフクちゃんの現代社会・倫理・政治・経済

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【速修】①政治と法・人権保障と法の支配(3)法の支配・政治体制

43 法の支配とは、国民誰もが法に従わなくてはならないという考え方である。
  • ✕ これも曖昧な文で判断に迷うところだが、意味合いが違うと考えたい。次項で示すように、法の支配は、法を国民を縛るものと考えるのではなく、統治者を縛るものというニュアンスの言葉。そうなると、左の文章は趣旨が違うと言わざるを得ない。 なおセンター試験で「法が権力者を含むすべての人に対して等しく適用されることを、法の一般性という。」という問題が出た→〇 「法の一般性」なんて言葉は聞いたことがなかったが、4択で他に明らかな誤りの文があるので、これは判断できなくても何とかなった。センターでは時々、このような判断しにくい問いたてをしてくることは承知しておこう。受験生としては、「一般的には」「法の支配」という言葉を理解しておけば事足りる。なお、以降、4択で、判断が難しいが、他に明らかに✕か〇か判断できる問題を入れ込んだ4択を「括弧つけ問題」と呼ぶ。とりあえず間違ってもよしとするが、それでもせっかくだから、そこから学ぶべきこともあるので掲載していく。

 

44 法の支配は人の支配に対する言葉で、統治者の恣意的な支配を排するものである。
  • 〇 法の支配はrule of law 「恣意的」な支配 Arbitrary  ruleを排するもの。

 

45 法の支配の考え方は、13世紀マグナ・カルタが成立したころにイギリスで確立されたコモン・ローにその萌芽がある。
  • 〇 これは教科書の一文を少し変形しただけの文章だが、かなりの含蓄理解を必要とする。「マグナカルタ」は、13世紀に国王の課税権や一方的に裁判を行う権利などを制限した文章。貴族が自分たちの特権を認めさせたといった側面もあるが、統治者の権利濫用を制限した草分け。コモン・ローは裁判所の判例や慣習化した先例を積み重ねていった国内法のこと。マグナカルタは憲章であるのでコモンローに位置づけられないと思われるが、13世紀後半からは国王の裁判所の判例蓄積が進み、議会の発達とともに、王権を制限する判例も増えていくことになる。後にエドワード・コークが引き合いに出す中世の法学者ブラクトンが「国王は何人の下にも立つことはない。しかし神と法の下には立たなくてはならない」と法の支配の考え方を述べたとされるが、ブラクトンも13世紀の人物である。このようなことを総合的に解釈すると左のような文章となる。が・・・正誤問題としては不向きかな。

 

46 17世紀初頭イギリスで法の支配を強調し、権利の請願を起草した裁判官はブライスである。
  • ✕ 上で触れたように、17世紀イギリスの裁判官であるエドワード・コーク。権利の請願で王権を制限した。このような人名を変えただけの単純な問題はあまり意味がないが、それでも点を取らせるため、たまにはこのような簡単な問題も出る。なお、ブライスは「地方自治は民主主義の学校である」で有名な20世紀初頭に活躍したイギリスの法学者・政治家。頻出人名。

 

47 17世紀後半名誉革命の際にイギリスで成立した権利の章典には、法の支配の原則が明文化されている。
  • 権利の章典の中で「国王が法律を無視したり、執行しなかったりすることは、違法である」などの規定が盛り込まれた。ただし、権利の章典には「自然権」の考え方は打ち出されていなかったことには注意が必要。

 

48 法治主義は、法の内容を重視し、法によって基本的人権の保障を目指す立場である。
  • ✕ 法という形式と手続きを踏んだという形式的な側面を重視するため、内容は二義的。そのため「悪法と言えども法なり」という人権蹂躙の危険性を孕む。19世紀ドイツで支持された考え方で、ナチスの「全景委任法」などの悪法を産み落とすことになった。なお、現社で、「国家権力の行使は、統治の基本に関する法の制限に服し、個人の尊重を基本的価値としてなされるべきであるという考え方を、民主主義という。」という問題が出たことがある。これも迷うかも知れないが✕。法の支配が正しい。

 

49 労働者による組織的な参政権獲得運動は、19世紀半ばごろフランスで始まった。
  • ✕ イギリスの「チャーティスト運動」が組織的な参政権獲得運動。フランスは革命時1792年に男性普通選挙を一時実施、本格的には1848年の二月革命後に定着。イギリスは「チャーティスト運動」を契機に少しずつ段階的に選挙権を拡大するかたち。こうした知識まで現社、倫政で求められることはないと思うが、教科書の民主主義の発達に関する「年表」には掲載されているので、世界史選択者以外も、この年表に掲載されている事項の意味合い程度は知っておこう。なお、「チャーティスト運動」は現社・倫政でも出題実績あり。

 

50 イギリスで政党政治が発達したのは、19世紀の前半に男子普通選挙制が導入され、政党が国民政党になることが可能となったからである。
  • ✕ 前出の解説が頭に入っていれば✕と判断できるはず。男子普通選挙はすぐに実現しなかったが、一方で早くから、17世紀以降には議会政治が発達し、「王は君臨すれども統治せず」といった原則の基、二つの政党が早期に成立した。

 

51 20世紀になると、生存の保障や福祉の実現など、国家からの自由が求められるようになった。
  • ✕ 20世紀的権利である社会権は「国家による自由」

 

52 アダムスミスは自由放任主義の国家を夜警国家と皮肉った。
  • ✕ 19世紀ドイツの「社会主義者」ラッサール  社会主義者からすれば治安維持程度の最小限のことしかしない国家は物足りないものだった  なお、経済学者アダムスミスは「自由放任主義を主張」

 

53 ドイツのワイマール憲法は、世界の憲法で初めて社会権を保障した。
  • 社会権(social rights)、具体的には「経済生活の秩序は、すべての人に、人たるに値する生存を保障することをめざす正義の諸原則に適合するものでなければならない」という「人たるに値する生存を保証することをめざす」という文言で保障。

 

54 社会権保障の背景に、社会主義の発達による貧富の差の拡大があった。
  • ✕ 「資本主義」 capitalism が「貧富の差」the gap between rich and poorを広げた

 

55 ワイマール憲法では、財産権は犯してはならない最も大切な権利であると規定された。
  • ✕ 「生存権」的な保障を打ち出すと、財産権が制限されることもあるのではないか・・・という考えが思いつくかどうかが分かれ目。財産権を最優先するところには、貧富の差をなくそうとする社会権的な発想は出てきにくいのでは。

 

56 19世紀末ニュージーランドで男女に初めて普通選挙選挙権が付与され、イギリスやアメリカも第二次世界大戦前には付与された。
  • ニュージーランドは現在首相が女性だが、政治以外でもジェンダーギャップ指数が小さく、男女共同参画が進んでいる国の一つ。なお、アメリカ、イギリスの女性参政権付与が、戦争への女性の協力を得るために、あるいは女性の活躍を背景に・・・といった具合に戦争と不可分であったことも知っておきたい。フランスでは早くから主張されたが、結果としては日本と同様、第二次大戦後。

 

57 第一次世界大戦後、ドイツやイタリアでは、国家が個人を抑圧する帝国主義という政治体制が生まれた。

 

58 ドイツではヒトラーが議会制を否定し一党独裁制をとり、ワイマール憲法は死文化した。
  • 〇 逆に、ワイマール憲法という先駆的な憲法をもったドイツという文化的先進地でヒトラーが生まれたことの意外性が試験で問われることもある。一方で、そのアンチテーゼとして後にフランクフルト学派が出てくることも重要。フランクフルト学派は倫政だけでなく、現社でも出題されるので早めに「現代思想」のところを自学自習しておこう。

 

59 第二次世界大戦は、民主主義と全体主義との戦いであったと言われる。
  • 〇 極めて大雑把な、抽象的な文章だが、一般論としては正しい。こういう文章は正誤問題しては成立しにくいかも知れないが、一方で巨視的な視点として極めて有効な俯瞰論である。