【共通テスト対策】フクフクちゃんの現代社会・倫理・政治・経済

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【速修・過去問/創作問題】④平和主義と自衛隊(1)自衛隊と日米安全保障条約

01 日本国憲法では交戦権を否認すると規定しているが、戦力の不保持については規定していない。
  • ✕ 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定  

 

02 政府は、自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力であり、戦力ではないという立場をとっている。
  • 〇 安倍政権でも、「必要最低限度の実力」あるいは「武力」の行使は許容されるとし、憲法で禁止されている「戦力」strength という言葉は用いていない。なお、以下のセンター政経問題も確認しておこう。「日本政府は、憲法第9条が保持を禁じている「戦力」は自衛のための必要最小限度を超える実力であるとしている。」これは表現方法が違うが、〇である。何気なく読むと混乱して✕と判断しそうな文である。センター問題では、わざと曖昧な表現にしたり、よく読み込まないと混乱するような文章表現にして落とし穴にすることがある。その対策としては、読解力が必要な問題演習をある程度はこなす必要がある。その素材が「判決文」や「原文」。早めに基礎固めをして秋からは◎「フクフクちゃんの深める」に取り組みたいものだ。

 

03 自衛隊は、マッカーサーの指示により朝鮮戦争勃発に際して発足した。
  • 朝鮮戦争勃発時は「警察予備隊」 自衛隊は主権回復(1951)後・戦争終結後の1954。このあたりの引っかけは度々出題されてきたので、覚え込んでおきたい。

 

04 自衛隊は、東西冷戦のなか、NATOの一員として位置づけられた。
  • ✕ 西側陣営には位置づけられたが、自衛隊はあくまで自衛。 NATOには入っていない。

 

05 自衛隊に関して、最高裁判所は合憲かどうかの明確な判断を下していない。

 

06 日本は専守防衛を防衛戦略の基本姿勢としてきたが、アジア情勢の変化の中、一定の条件の下であれば先制攻撃については可能であるという解釈に変わった。
  • 専守防衛という姿勢は変わっていない。ただし、こんな問題は出ないだろうけど、引っかかった生徒もいるかも。

 

07 自衛隊の最高指揮権は文民である防衛大臣にある。

 

08 防衛出動に際しては、事前に国会の承認が必要である。
  • 〇 緊急の場合は事後でよいが、原則は事前承認

 

09 戦後、米軍基地が各地に置かれることになったが、米軍基地は、面積にして75%が沖縄県に集中している。
  • 〇 国土面積1%に満たない沖縄に75%が集中。市街地にあって危険な普天間飛行場、県民の反対が強い名護市辺野古への基地移設、また嘉手納基地が極東最大の基地だということを聞いたことがあると思う。在留米人数はここのところ公にされていないそうだが、3万人近く。なお、センター問題現社で「アメリカ軍による日本国内の基地使用は、日本防衛のためだけに認められている。」という問題があった。どうだろうか?答えは✕である。君たちが産まれるずっと前、沖縄の基地からベトナムに戦闘機が飛んでいった時代があったのだ。米軍の出撃地だったのだ。

 

10 沖縄は1972年に日本に返還されるまではアメリカの施政権下に置かれていた。
  • 〇 2022年5月で沖縄復帰50年となる

 

11 在留米軍が戦力にあたるか否かについて初めて裁判で争われたのが、長沼ナイキ基地訴訟である。

 

12 地方自治体で、在日米軍基地にかかわる住民投票が実施されたことがないのは、安全保障政策が国の専管事項とされているからである。
  • ✕ センター現社問題。沖縄での住民投票のことを知っていれば✕だと判断できるが、知らないと迷うかもね。憲法には、外交や安全保障の所管に関する直接的な記載はないが、地方自治法には、国の「本来果たすべき役割」の一つとして「国際社会における国家としての存立にかかわる事務」が明記されている、これを根拠に、一般的には、外交や安全保障は「国の専管事項」とされると解釈されているとのこと。しかし、他方で、住民に身近な行政については地方自治法で「できる限り地方公共団体に委ねる」とし、「住民投票」の制度を設けている。従って、たとえ、外交や安全保障のかかわるものでも、のっぴきならない身近な問題を住民投票にかけること自体は保障されなくてはならない。法的拘束力はないにせよ・・・。出題者の気概を感じる、良問である。

 

13 現行条約では、日本が攻撃されれば、米軍は日本と共同して防衛する義務がある。
  • 〇 1960年の新安保条約において明記された。

 

14 現行条約では、日本の領域内において日本、アメリカの一方に対する武力攻撃が発生した場合、日米両国が共同で対処すると規定されている。
  • 〇 センターの文章。前項を正確に言うとこのような表現になる。日本の領域内だから米軍基地が攻撃されたら日本も防衛に加わるということになる。この条約であれば、アメリカの領土が攻撃された場合は対象外ということになる。だから、問題文が「日本またはアメリカの領域への武力攻撃が発生した場合、両国は共同して防衛する義務を負う。」なら✕ また、「日米安全保障条約に基づいて、日米両国は日米の領域内でいずれかの国が攻撃された場合、共同で防衛する義務を負っている。」これも✕だが、「日米の領域内」というところの落とし穴に気が付かないと〇と判断してしまう。ただし後に見るように、「後方支援」が日本の果たす役割となるし、また、現在は、承知の通り、集団的自衛権が容認された。限定的ではあれ集団的自衛権を容認したため、「日本の領域内」という限定がとれたと解すべきかと思われる。トランプ政権は安保条約に強い不満を表明したが、今後、日米の防衛体制がどのように変遷することになるのか、不透明である。いずれにせよ、受験生としては、日米の防衛については、双務的なものではないので、日本の領域なのか、アメリカも含めた日米の領域なのか、問題文をよくよく吟味して判断する必要性があることを肝に銘じておこう。

 

15 新日米安全保障条約は、国際情勢の変化によってこれまで数度改定されている。
  • ✕ 自動延長で改定していない 1960年新安保条約制定に際しては反対闘争が生じたことも問われた。「当初の条約を、現行条約である「新安保条約」(日米相互協力及び安全保障条約)へ改定する際には、安保闘争と呼ばれる反対運動が起こった。」〇である。強行採決に対して反対闘争が激化、東大生、樺美智子さんが死亡したほか学生・警官双方の重軽傷者は数百人にのぼり、新安保条約は6月19日午前0時、自然承認となったが、これを確認した岸首相は翌20日引退を表明した。なお、安保闘争はもう一度起こる。10年後の1969年から1970年。日米安全保障条約の改定を阻止するために展開された。ベトナム戦争最中でもあり、反米、反戦運動が高揚、1969年、東大の入試が中止となったことを聞いたことがある生徒もいるはず。結果的には自動延長を阻止できず、また政治改革とも結びつかなかったため、敗北感・挫折感も深かった。私自身はその後に学生生活を送り、その息吹を実際には感じとっていないが・・・君たち、若者も、なかなか山は動かなかったり、挫折もあるかも知れないが、かつての若者の声も聞きながら、ぜひ社会を変革してほしいものだ。できるところから。

 

16 日本における米軍の配置や装備の重要な変更などについては事前協議を行うことが定められており、普天間基地移設問題に関して協議がなされた。

 

17 防衛予算の歯止めのため1970年代に設定されたGNP1%枠は廃止され、増強の一途にある。
  • ✕ 枠自体は80年代に廃止。だいたい枠内。

 

18 日米地位協定によって、在日米軍の駐留費用は原則的にアメリカが負担することとなっているが、1970年代後半から、その費用の一部を日本が肩代わりするようになった。

 

19 日米地位協定によって、在日米軍人が施設外で犯罪を行った場合、日本の捜査権が認められた。
  • ✕ 現行の地位協定やその運用では、公務執行中に行われた犯罪については第一次裁判権が米国にあり、公務外に行われた犯罪は日本側に第一次裁判権がある。しかし、「公務外の事件・事故の場合、裁判権は日本側にあるが、被疑者が米側に拘束された場合は、日本側が起訴するまで、引き続きその身柄を米側が拘束する。」という規定があり、米兵等に対し通常の刑事事件と同様の捜査や裁判の手続がスピーディーに認められていない現実がある。 1995年の沖縄少女暴行事件では、地位協定上、日本側に第一次裁判権があったが、米軍基地内にいる米兵等の身体を日本側が拘束できず、結局被疑者米兵等の身体が起訴されるまで日本側に移されなかったため、批判が高まった。その後、運用改善がなされ、殺人又は強姦という凶悪な犯罪の場合、日本側からの要請があれば米側は好意的な考慮を払うとされたが、起訴前の身柄引き渡しの判断自体は、依然として米側の裁量に委ねられたままである。捜査段階では被疑者の身柄を拘束することはできないとなると、「捜査権が認められた」は✕と判断せざるを得まい。なお、治外法権という言葉を連想する受験生もいると思うが、「在日米軍基地は治外法権が認められている」、という問題が出たらこれは〇か✕か。これは✕かな・・・。外務省のHPでは、「米軍の施設・区域内でも日本の法令は適用される」とし、治外法権を認めていないとしている。しかし、一方で疑義もあるかも。と言うことでグレーな問題は出題はされないが、君たちも気になったのではないかと思われるので言及しておいた。

 

20 日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の策定とその改定により、日米間の防衛協力体制が強化されてきた。
  • 〇 別のセンター政権問題で、1970年代のものを選べというものがあり、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)が初めて策定された。」が選択肢であった。1978年に最初のガイドラインが策定されたこと、ここまでインプットできていた受験生は少なかったと思うが、1970年代になると、経済的に発展した日本に対して、それ相応の負担増加が高まったであろうことは予想できるのでは。なお冷戦終結後の1990年代になっても、その圧力は続き、新ガイドラインが1997年に策定されることになり、2000年代の各種の有事立法につながっていくことになる。なお、その背景に北朝鮮と中国というアジアでの地政学の変化があることは承知の通り。

 

21 1999年に成立した周辺事態法によって、日本周辺の有事の際には、自衛隊が米軍の行動の後方支援をすることになった。
  • 〇 有事  emergency 緊急という意味でもある 「新ガイドライン」に対応する法律として、制定されたもの。ただし、今日、この法律に代わって「重要影響事態安全確保法」が制定されたので、さらに覚えることが増えているが・・・なお、後方支援については後に触れる。