【共通テスト対策】フクフクちゃんの現代社会・倫理・政治・経済

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【速修】倫理の正誤問題 ②倫理思想(2)西洋思想

18 ピコ=デラ=ミランドラは、人間中心主義(ヒューマニズム)の考え方から、人間の尊厳の根拠となる自由意志の意義を説いた。
  • 〇ピコ・デラ・ミランドラは、「人間の尊厳について」で、人間は「自由意志」によって自分の生き方やあり方を決定できる、そこに尊厳があると考えた。

 

19 パスカルは、人間は弱き葦のような存在ではあるが、自らの力をはるかに凌駕する宇宙について考えることのできる存在だとみなした。
  • パスカルは「人間は考える葦である」とし、「考える」ことに人間の尊厳があると考えた。

 

20 パスカルは、全宇宙に比して悲惨な存在でありながら、それを自覚することで尊厳をもつ人間のあり方を、「ダス・マン」として説いた。

 

21 観察や実験によって得られた様々な事実を基にして、それらに共通する一般的法則を見いだす思考方法は、ベーコンが重要視した弁証法である。
  • 弁証法ではなく「帰納法」。

    弁証法ヘーゲルの正・反・合とダイナミックに捉える思考方法。

    帰納法は考察された事実やデータ等の具体的な事実から、一般的な法則を導き出す等、「特殊なケースから一般的な結論を推論する手法」。

 

22 ベーコンは権威によることなく経験や実験によって帰納的に真理を探求することの重要性を説いた。

 

23 演繹法は、だれもが疑うことのできないことから出発し、推論と論証を積み重ねて、新しい知識を発見していく思考法で、デカルトが方法的懐疑に用いた。
  • デカルトは、確実な真理からスタート、合理的な推論・論証=(演繹法)で、様々な真理が探求できるとした。「理性」に対する絶対の信頼に基づく。フランス合理論の祖。  

 

24 デカルトは、理性を演繹的に用いた論証によって真理を見いだせるとした。
  • 〇演繹は、一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得る論理的推論の方法。

    「人間は死ぬ」(大前提)、
    ソクラテスは人間である」(小前提)、
    故に「ソクラテスは死ぬ」(結論)といった三段論法もそのひとつ。

 

25 著書『プリンキピア』のなかで、機械論的自然観を象徴する、万有引力の法則を記載したのは、ガリレイである。

 

26 ホッブズは、万人の万人に対する闘争を回避するために、人々が自然権を国家から獲得したと論じた。
  • 自然権を「国家に全面譲渡」が正しい。

 

27 ロックは、政府が社会契約に違反した場合でも、人々が抵抗権(革命権)を行使して政府を変更してはならないと考えた。
  • ✕「革命権」があると主張。

 

28 ロックは心は白紙のようなもので、知識は経験によって得られるという経験論を唱えた。
  • 〇ロックは、ベーコンが切り開いたイギリス経験論の認識論も展開したことも知っておこう。生得観念の存在を否定、心は「タブラ・ラサ」(白紙)であるとした。

 

29 ルソーは自然状態を自由、平等、平和ではあるが所有権が不安定であると考えた。
  • ✕これはロックの考え方で、財産権の不可侵のために立法権と執行権に「信託」して国家が成立したと捉えた。ルソーは、自己愛と憐れみに満ちた状態であるが私有財産制で堕落したと考えた。そして自然に帰れと説いた。

 

30 ルソーは自然権を共同体に譲渡することで、社会的自由を獲得することができると説いた。
  • 〇ルソーは、しかし、ホッブズが統治者に譲渡すべきと考えたのに対して「共同体」への譲渡を説いた。「全員が譲渡すれば、全員が全員の主権者になる」という論法によって、むしろ譲渡による「主権」の再獲得という転換を図った。人間は社会契約によって、自然的自由と無制限の権利を失い、一方で、社会的自由と所有権を得るのであると。

 

31 ルソーは、公共の利益を目指し全人民が納得できる一般意思を形成することが大切であるとし、間接民主政治を主張した。
  • ✕後段は無論、「直接民主政治」。ただし、前段は正しい。ルソーは一般意思を「公共の利益」を目指し、全人民が納得できる意思と捉え、それに従う必要があると説き、利己的な意思の総和である全体意思を斥けた。

 

32 カントは認識の基礎と理性の限界を問うことで経験論と合理論の統合を試みた。
  • 〇カントは、合理論に対して、従来は、認識活動以前に認識対象が既に存在していると捉えていたが、そうではなく、対象は人間の認識作用によって初めて構成される、「認識が対象に従う」のではなく、「対象が認識に従う」と「コペルニクス的回転」を図った。
    また、人間が認識できるのは「現象」だけであり、現象の背後にある「物自体」は知り得ないと限界づけを試みるとともに、理性が経験によらず推理することを戒めた。
    経験論に対しては、経験は確かに認識の素材ではあるが、人間には経験から独立した「先見的認能力」が先天的(ア・プリオリ)に備わっているとし、経験論がいかなる真理も確証できずに懐疑論に陥ることに警笛を鳴らした。

 

33 カントは人間は「目的」として扱われなければならず、「手段」としてのみ扱ってはならないと述べた。
  • 〇互いに他の「人格」を「目的」として尊重し、決して手段としない結合体「目的の王国」を理想社会とした。

 

34 カントは、その著書『社会契約論』のなかで、集団安全保障の考え方を提唱した。
  • ✕『永久平和のために』という書物である。『社会契約論』はルソー。こんな単純な知識問題、ある意味では受験生にとってはありがたい。

 

35 人間が自らの意思で規範を定め、それに従う状態を、カントは責任と呼び、そこに人間の尊厳の根拠を求めている。
  • ✕責任ではなく「自律」。カントは、人間には、実践理性が命じ自ら確立した道徳法則に自発的に従う「自律」の能力があるとし、道徳法則に自律的に従って行為する自由な主体を「人格」と呼び、そこに人間の尊厳性があると考えた。人間の尊厳性については、ピコ=デラ=ミランドラの「自由意志」、パスカルの「考える」等も含めて、様々な考え方がある。君たちも、尊厳ある存在になるために、自由にものを考え、そして自律しよう。

 

36 ヘーゲルは、カントが最高の原理と考えた「道徳」ではなく、弁証法の立場から、人間の社会関係の抽象的な形式である客観的な「法」と、人の主観的な確信にすぎない「道徳」との止揚的に統一したものとした「人倫」を考えた。
  • 〇「人倫」とは、「人間社会・人間集団」の倫理という意味で、ヘーゲルはこの人倫 の中でこそ、人間の自由は現実的に実現されると考えた。
    カントが自由を「個人」の問題として考察したのに対して、ヘーゲルは自由を歴史や「社会の問題として考察した」と言える。さらにヘーゲルは、人倫は、「家族」「市民社会」→「国家」と、現実の国家の中に実現されると考えた。この弁証法的把握も出題される可能性あり。

 

37 T.ホッブズは、幸福は計算可能であり、「最大多数の最大幸福」を立法などの基準にするべきとした。

 

38 ベンサムは、最も多くの人に最も大きな幸福をもたらす行為が善であるとし、立法などの基準にすべきと主張した。
  • 〇個人の利益と社会の利益は調和されず、不平等、貧困などが社会問題化した中で社会改良の指針を示そうとした。

    なお、ベンサムは囚人たちの苦痛を取り除き、監督も軽減できる一望監視システムを構想。実現はされなかったが、苦痛を最大限減らそうとするベンサム功利主義の象徴。ただし、後に見るフーコーはこれをむしろ近代社会の「権力」の象徴とみなした。

 

39 J.S.ミルは、他者に何ら危害を及ぼさない限り、個人の自由は最大限尊重されるべきであるとして、個人の利益と社会の利益との調和を重んじた。
  • 〇「他者危害の原則」 という。個人の自由は無制限ではなく、他者の生命等を損なう場合は一定の制裁を加えても良い。

    他方で、他者への権利侵害がなければ、人間の自由は最大限に尊重されなければならないというもの。

    後段の「個人の利益と社会の利益との調和を重んじた」あたりはうまくまとめた表現で参考になる。超頻出項目でもある。  

 

40 J.S.ミルは、人は自由であるためにその行動に責任があり、個人として生きることは同時に「社会参加(アンガジュマン)」を意味するものであると考えた。
  • ✕これは実存主義サルトルの考え。こんな問題なら楽勝だね。

    なお、ミルについては、「最大多数の最大幸福」には多数者の専制の危険性が孕まれていると考え、多数者が常に正しいとは限らず、少数者の意見を汲み取るべきだと説き、「個性の自由な発展」が社会全体を進歩させるという考え方も提示した。このあたりも出題されるかも。

 

41 著書『種の起源』のなかで、後に進化論として影響を与える、自然選択(淘汰)を論じたのは、ケプラーである。