【今日の時事問題】分断から合意へ ②政治的ラベリング
分断は何も今に始まったことではない。
おそらく高校生なら以下のような対立図式を聞いたことがあるのでは?
○保守 vs 革新
○ ? vs リベラル
○右翼 vs 左翼
○タカ派 vs ハト派
? については、なかなか難しい。
東工大の中島岳志教授によると、パターナル(権威主義)という言葉が適切とのこと。
僕はよく、政治は4つの象限で考えたほうがいいと言っているのですが、政治には、お金の問題をめぐってそれをどう配分するかという仕事と、もう一つ価値観の問題があります。お金の問題は、「リスクの個人化」と「リスクの社会化」と言っていて、リスクの個人化は自己責任社会で、税金は安いけれどサービスもそれほどしない。「小さな政府」がそれに当たります。その対抗軸がセーフティネット強化型で、リスクの社会化です。いろんなリスクがあるけれど社会全体で支え合っていきましょうというもので、税金は高いけれどサービスはしっかりやる。さらに市民社会の領域も分厚くして、ボランティアや寄付のようなこともみんなでやっていきましょうとするのが、リスクの社会化ですね。
加えて政治は価値観の問題を触っていて、たとえば「選択的夫婦別姓に賛成ですか、反対ですか」という問題はお金の問題ではないですよね。あるいは「LGBTの人たちの正式な婚姻をどうしますか」という問題も、価値観にかかる話です。価値の問題の対立軸は、リベラル対パターナルという軸で、リベラル対保守ではない、ということが僕の強い主張です。リベラルという言葉が近代に生まれたときのもともとの意味は「寛容」というものでした。
引用元:ミシマ社 月間ちゃぶ台
中島岳志さんインタビュー いまの政治のこと、教えてください。(1)
https://www.mishimaga.com/books/monthly-chabudai/002007.html
日本では、保守vsリベラルという使い方もよくされるが、リベラルは、自由主義、寛容といった内面の問題なので、厳密に言うと、対義語は権威主義、それは英語ではパターナルということになる。
ちなみに、保守は英語ではコンサヴァーティブ、革新はイノベーティブということになろうが、イノベーティブは政治の世界ではあまり聞いたことがないような・・・
社会人には、「今さら聞けない・・・」という類の問いであろうが、受験生は、聞かぬは一生の恥・・・以下、政治的な対立図式について辞書の説明に聞き耳を立てよう。
保守と革新
保守
古くからの制度・習慣・考え方などを守り、急激な改革を避けようとすること。また、その立場。
なお、「保守本流」という言葉もある。
1955年、自由党と日本民主党が合同して成立した自民党には、異なる政治的志向をもつ集団が併存していた。そのなかで拮抗していたのが、軽武装・経済国家を目指す吉田茂の路線と、ナショナリズムへの志向をより強く持つ岸信介の路線であったとのこと。そして、前者の吉田茂の路線こそが「保守本流」。
アメリカの軍事的支援の下、経済に専念することを重視した体制であった。ところが冷戦終結で事情は大きく転換する。軽武装の「保守本流」は凋落、そうした流れの中、岸信介の継承者である安倍元首相が登場した。
革新
古くからの制度・組織・習慣・方法などを変えて新しくすること。特に政治では、現の体制・組織を新しく変えようとする立場をいう。
リベラルとパターナル
リベラル
政治的に自由主義の立場をとるさま。社会の規律や因習にとらわれず、各人の個性に基づく自由を重んじるさま。
パターナル
※広辞苑に記載なし
「父親らしい」というのが直訳であろうが、少し転じて権威主義的ということになるらしい。対義語は「母親らしい」を意味するマターナル、マタニティを連想すると、あっ、なるほどと思うはず。アンチ・リベラリズムとして、社会の規律や因習を重視し、各人の個性に基づく自由を重んじないさま。・・・といったところか。
右翼と左翼
右翼
保守的・国粋主義的な思想。また、そうした思想をもつ人々やその集団。フランス革命後の議会で、保守派が議長席からみて右側の席を占めたことから。
左翼
社会主義・共産主義など、急進的・革新的な思想。また、その思想をもつ人や団体。左派。 フランス革命後の議会で、急進派が議長席からみて左側の席を占めたことから。
タカ派とハト派
タカ派
力によって物事を解決しようとする強硬派。また、その立場に立つ人。
ハト派
強硬手段を避けて、なるべく穏やかに事態を収めようとする人たち。
※タカ派とハト派の対立図式は、ベトナム戦争の時に、戦争拡大をする人たちをタカ派、限定もしくは終結させようとする人たちをハト派とよんだことに由来するらしい。
政治的なラベリングと広まる分断
政治的ラベリングに囚われないこと
この他にも政治的なラベリングはあろうが、いずれにせよ大雑把なくくりで、自民党が保守でパターナル、立憲民主党が革新でリベラルと捉えることは間違いではないと思われる。
一方では、世代によってそのくくり方は違うと言う。若者は自民党こそ、リベラルで革新的ととらえているという報告もある。また、そのくくりを超えるのが人間というもの。自民党の中に確かにリベラルな議員もいれば、立憲民主党の中に保守派受けする議員もいる。
で、要するに何が言いたいかというと、我々は対立図式を用いてラベリングしがちだが、それが必ずしも適切ではない場合があること。また見方によって違うということ。あるいは、個別の事案についてもねじれが生じること。
たとえば、安倍元首相は「保守主義者」を自認していたが、保守を「漸進主義」とするならば、「保守」とは言えない指摘する論者もいる。また、保守派の小泉元総理は原発廃止論者。
しかし、一方で、そういうラベリング認識をすることで、対立や分断がやや見えてくる場合もあるということ。でも、それに囚われすぎてしまうと、袋小路に陥るので、それも認識しつつ、俯瞰して、あくまで対立・分断から、粘り強く「合意」に向けて歩み出さないと空中分解してしまうということ。
議会に反映されない分裂
対立や分断といえば、国葬に関する動きは国民を大きく二分した。
海外メディアは「分裂する日本」などと報道されている。
社会学者の大澤真幸さんは、今回の国葬をめぐる分裂はかなり深い溝があり、両者の間に「共感という橋が架かっていない」、「議会に反映されない分裂」があると指摘する。
だとすると、ルソーが鼓舞するように、我々国民が意見を交差し合い、「他者の靴を履いてみて」、今後の日本の在り方を語り合う必要がある。
広がる世界の分断
昨日、北朝鮮が発したミサイルが青森県上空を通過した。蛮行である。ロシアのウクライナ侵攻も終わりが見えない。世界に分断が走っている。地政学の転換は、一筋縄にはいかない。しかし、国政については、一枚岩となって課題解決に向けて歩み寄れるはず。建設的な議論で溝を修復しよう。来るべき時が来たら、若者の、自分の意見を発信しよう。